2011年 03月 13日 ( 1 )

 

Austria in Salzbrug,Hallstat,Wine

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オーストリアでは、ザルツブルグ、ハルシュタット、ウィーンに足を運びました。

オーストリア人は、少し不思議な視点があります。
彼らは、州ごとに意識が高く
国全体としては、そこまで仲がよくないみたいなんです。

州ごとといえば
ザルツブルグ地区、ウィーン地区、インスブルグ地区など
日本でいえば近畿、関東、九州みたいなのでくくったらいいのかな?

ウィーン地区の人達は、インスブルグ地区を田舎者とバカにするほどで
Where are you from?? と聞いても I am from Austria とは言わず
地区を名乗るみたなんです…。よくわからないですが…。

ユースでいっしょになったAustria人に出身を聞くと
I am from Austria と普通にいいましたがww




ザツルツブルグ

オーストリア第2の都市
モーツァルトが生まれた街
音楽の街
チャリンコの街

そんなイメージでした。

華があって
こじんまりした小さな街で
雰囲気もよかったです。

日本人とは出会えず
一人で孤独な時間がつづく

ユースでも良い出会いはなくって
ドイツが恋しくなった夜。

すべてがうまく日もあれば
すべてがうまくいかない日もある

一人ってのも酷なんだよな。

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ハルシュッタト

サウンド・オブ・ミュージックの舞台でもあった。
アルプスの山脈に囲まれた湖畔に面した小さな町。

ここは、奇跡とよべるくらい綺麗に自然と調和された
大自然の町だったりする。

もちろん世界景観遺産

ハルシュタットまでの道のり
車窓からの風景が徐々に変わっていく感じが
なんともいえなかった。

風景が変わるたびに
自分の心も変化する。

揺られ、揺られて
考えては、変化する自分がいて

電車の旅がやみつきになりそうだった。


オフ・シーズンだったから
ほとんど人がいない。

静まりかえって聞こえるのは
滝の水音と数回にわたる教会の鐘の音。

ユースも一人で貸し切り状態

本当の孤独に襲われた日でもあったが
必死に自分と戦いつづけた…。

救われるたのは
大自然の風景とノラ猫。

この時、見出した答えはいつもと一緒だった。

孤独すぎて寂しすぎて
「なんで旅してんねやろ、なんでここにいるんやろ」
根本を問うとこまで追いつめられる。

それでも
「そんな自分にも帰りを心から待ってくれている
家族がいて、仲間がいる。それだけで幸せでそれ以上はない。」

また、がんばれるって思えて
もっと、大きくなって生きて帰るぞってなる。

帰ってありがとうが伝えたいから
明日からも旅を続けることができる。

インドの時もそうだったよな…。


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ウィーン

オーストリアの首都
音楽の都
少し銀座に似てた
生のオーケストラがやばかった
世界の温かさ

そんな感じ!

ここは素敵な出会いがありました。

ちょうど、東北大震災がおきて数日後に訪れたのです。
そしたら、ウィーンの街頭でオーストリア人がPray for Japanを掲げ
啓発活動を行っていました。

涙があふれました。

世界が応援してくれている。
ありがとうを真っ先に伝えにいきました。

ウィーンのユースでも同じ対応をうけました。

オーナーが一言
「あなたたち、日本人でしょ。私達なにもできなくて本当にごめん。
心が痛いわ。これが私達の気持ち。少しでも役立てて」っとこぼし

ユースの朝食券とバーのドリンクチケット、食料にその他もろもろを
その時いた日本人全員にくばってくれました。

僕達は、何もできない。
実際苦しんでいるのは、地震の被害をうけた現地の方々。

世界の温かさと同時に自分は何をしてんねやろうと
罪悪感がたちこめました。

無力感と儚さ…

その時に
今の旅を最大限に充実させることと毎晩祈ることを決意しました。

そして、東欧をまわってイタリアに入ろうと決意しました。

海外にいる僕たちは、何もできない。
それならば、被災された方の分まで動かしてもらおう。

後は、この世界の温かさを日本に伝えよう。

それが、精一杯でした。

色んな感情がうごめきました。
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by laughmonkey | 2011-03-13 01:23