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夢、叶える



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バスの屋根上最高!!!!!

人生、初!
風にもっていかれそうやった!!!!!


バスの移動では屋根上へ

落ちないように、気をつけてね
インドやバングラならでは!!!!!!

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by laughmonkey | 2012-10-19 23:23  

吟遊詩人ラロン



この2日間、不思議でおもしろく、奥深い経験をしました。



昨日の木曜日17時MTG終了

バングラは木曜日が週末
金曜・土曜が基本休みで日曜日から新たな1週間がはじまる

今週もおわったと一息ついてるところ

上司に誘われて
急遽、ダッカ市街のクルナ地区・クシュティアへ

ダッカからおよそ5時間



真夜中にラロン・マジャル(聖者廟)に到着

今夜は、Lalon Shahの命日10月17日を偲んで5日間お祭りをやっている。
全国からLalon崇拝者の"バウル"と呼ばれる人々が集まっていた。


Lalon Shahについて少し

1774-1880年に哲学者、音楽家としてベンガル地域に名前を轟かす。

イスラム教徒にもヒンドゥー教徒にもとらわれない民間信仰
その一つが"バウル"であり、何百年も前に、地位も金もない下層階級の人たちによってつくられた。
一切の教典をもたない。一人一人の人間に神は宿っており、自分自身を見つめ直す。
他人にも神は宿っているので、尊重しながら自分自身と向き合っている。

祈りと修行の手段として、歌を持つ。

Lalonは,18世紀から19世紀に生きた一人のバウルである。
110年以上に及ぶ長い人生で800近い信仰歌を残したラロンを崇拝する人は今も絶えない。


もともとLalonは、ヒンドゥー教徒として生まれてきたが
幼いころに水疱瘡のような疫病にかかり、当時、疫病感染を防ぐために捨てられたそうだ。

そして、イスラム教徒に拾われ育ててもらった後に
ヒンドゥー教徒として自分が帰ってこれる居場所がなかったといわれている。

当時のイスラムとヒンドゥーの二大宗教の原理主義化が進んだ時代
Lalonが権力に屈せずヒューマニズムを音楽を通して唱く



一部、詩を参照



カースト、カースト、とほざきやがって、
おかしな世の中だ
誰もがカーストの虜で、真実に目を向ける
ヤツはいない

お前が生まれた日、カーストなんてものを持っていたのか
ここに来て、一体どんなカーストをつかんだ
去っていく日は、何のカーストんびなるつもりなんだ

ちゃんと考えて答えてくれ
バラモン、チョンダル、チュマル、ムチ

全てのカーストの人間が同じ水で清められるのに
皆この事実から目を背けようとする
死の迎えからは誰一人逃げられないのだ
隠れて売春婦のところで飯を喰ったからって
宗教上何かさわりがあるのか
Lalonは考える、カーストって何だ、と
この悩みからは抜け出せそうにない





当時、原理主義がさきばしる世に
○○教という、偏見や区別するのではなく

カテゴリーの中の人間ではなく
この世界に生きる一人の人間として
ありのままにの欲求に身をまかして生きていくことができないのか

彼はそんなヒューマニズムを音楽を通して、伝えていった

ホントにすごいなぁ




さらに驚くこと

今もなお、本当に多くの人が彼の信仰を受け継いでいる
祭りには、想像以上に多くの人が毎日詩をうたいに、全国から集まっている
それは、多宗教でそれぞれ違うバックグラウンドの人達である




バウルの人たちは、自分自身と向き合うために、信仰をふかめるために
手段として麻薬(マリファナ)をすう

音楽家、芸術家、哲学者ではよくある文化だ
お祭り時は、この地域も合法になる

マリファナをみんなで回し吸いし
音楽を奏で祈りをささげる

自分は一体何なのだろう
何がしたいのだろう
マリファナとともにクリエイティブな思考が繰り広げられる


ある人は、夢中に詩を歌う
ある人は、夢中に楽器を奏でる
ある人は、夢中に踊りだす

一瞬、浮浪者のように伺えるが
一人、一人ありのままの欲求を解放し、自分と向き合っているのだ



今までにない精神世界にふれた。
共に、自分の存在を再確認する。

色んなことが、頭の中を駆け巡りながらも
夜通しずっと、皆と歌いながら、自分と対話しながら、朝を迎える。
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by laughmonkey | 2012-10-19 19:05  

本、出版!次世代へ



ついこの間、いつも通りリキシャに揺られていた。
今日のリキシャは、いつもの行き先への道のりが違う。
ふむふむ、おもしろい。

いつも素通りする住宅街へ入っていき
あえて大とおりを避けて
小さな路地をきりぬけていく

そこに広がる風景って

日常の風景
茶を飲む人、工事現場のおっちゃん、洗濯物干すマダム、裸でかけまわる子ども

写真として絵になる風景がたくさんつまってた。



こっちにきてから、Adobeの編集ソフトを一式そろえることもでき
写真の加工にハマってる

写真ってなるだけ、そのまま加工しないほうがいいんだけど
加工する術も表現力のひとつと私は考えています


大学2年の在学中に世界の写真展を企画した
そのことが、いきなり頭によぎって考えつきました


今度は、本を出版しよう!
編集作業もソフトがあればこっち、自分達らしい形を創れるはず!



島根の地方の大学にも
外向き志向の学生はいっぱいいる

海外と繋がり、自分を深め
地域に還元したり、自分の糧にしたり、自由に大胆に学んでいる

そんな仲間と写真とポエムをテーマに
FHOTOBOOKを作成できたらいいなっとリキシャに揺られながら構想中


Why

地域の大学にもアクティブに世界へ目を向け、外向き思考の学生がいることを発信したい
→外向き思考のmovement、海外情報共有の機会、

次世代にも続くmovement
→在学中のおもしろい人たちを次世代にも知ってほしいし、拡大してほしい

How

個人の写真、ありのままに感じた言葉をポエムに著書にする
→心に響く真っ直ぐなメッセージを伝えたい、行動力への源に

留学、旅、インターン、ボランティアの短期・長期渡航経験者をあつめる
→異文化理解研修者は除く

Who

現在学生徒、これから入学してくる次世代へ発信するため
→本学は歴史が浅いため、どんどん次世代に残していけるものを形にする

山陰・中国地方の大学にも発信
→県大を発信するの素敵じゃない

When
来年の9月以降、始動


課題

こころよく受け入れてくれる印刷会社
出版費の資金調達
メンバー集め
編集作業

もろもろ


ほんの15分くらいで考えた内容だから、まだまだ
日本に帰ったら仲間にこえかけて対話していこう

おー、ワクワクですよー!!!
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by laughmonkey | 2012-10-18 02:26  

小さな挫折



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私もセンターのクラスでダンスレッスンをやらせてもらってます。

10日前くらいから、コツコツスタート


初日

男の子全員が目をキラキラさせて
楽しそうに踊る


次の日から、センターに訪れるたびに

「たかしバイ!今日は、ダンスクラスないの?」

毎日のように声をかけてくる

もちろん私も日中は、仕事があり
子ども達も学校で帰ってきてからは、夕方3時間の自由時間後、勉強の時間

お互いの空き時間がなかなかないから
就寝前のテレビタイムに、大好きなテレビを我慢してまで踊りたい子どもに教えている

21:00-22:00くらい


すると人数は、半分へ

残りの半分は、やる気満々で挑んできました。


いつか催し事がある時に
残りの半分が立派に踊れる他の子ども達のダンスをみて

悔しがるだろうと想像しながら、基礎と簡単なステップの指導からはじまった


ダンスを教えるだけで
一人一人の特性がみえてくる


創造力(踊りのセンス)、俊敏性、柔軟性、忍耐力、コミュニケーション力
ときには、子ども達の人間関係もみえてきたりする

そこは、僕が学べるところ


子ども達は、毎日見ていておもしろい

楽々ステップを踏める子がいたら
基礎の動きもできない子もいる


そういえば、昨日
一人の男の子がもうできない、俺には踊りはむいてないんだ!!!
ってクラス中にとびだした。

ダンスクラス中は、一応先生という距離感で子ども達と向き合っている。

こういうシーンが一番ワクワクする。子ども達が味わう小さな挫折やぶち当たる壁。

「なんで君には踊りがむいてないってわかるんだよ?」
「周りは踊れているのに、僕は踊れてないからだよ」

よくありがちなフレーズ。

周りなんて関係ないやろ?
君のペースで毎日練習して、自分らしく踊っていこうや
今の情けない顔、超かっこわるいぞ!

って言ったら、ちょっとニコリ。

いつも俺にみしてくれる
フリーダンスを踊る時の顔、すげーキラキラしってるから
すごくもったいない

周りをみすぎて、踊る楽しさの根本を見失う

その後、彼は笑顔を取り戻して
練習にはげんでくれた。


クラスはどうしても集団になり
集団になると、どうしても個々のスキルで優劣が目立ってくる

そこには、目に見えないプレッシャーが存在し
そのプレッシャーが子ども達の踊りを固くしたり、成長や個人らしさに悪影響を及ぼす


そういう雰囲気を作らないために
どう促していけんばいいか、マネージしていけばいいか

先生ってホントに難しい
自分が発する言葉、表情、雰囲気、トータルでその場の雰囲気が変わる


まだまだこれから
今は、悔しいけど語学がついてこらず
毎晩、レッスン後に伝えられなかったベンガル語復習


私も挫折を繰り返す
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by laughmonkey | 2012-10-16 15:07  

ドゥ・バッ

今日は、少しバングラ料理について



みなさん、バングラ料理は何を想像しますか?

おそらく、カレーだと思います。
もともとインドだったバングラデシュもにたような料理や香辛料が多いです。

特徴的なのがカレーと魚を一緒にたべます
魚カレーです

インドの西ベンガル州、コルカタでも見かけるように
ベンガル人は、魚が好きなんでモリモリたべます。

ちなみにバングラの国魚は、イリッシュ・マスとよばれる魚で
バングラでいうお正月では、家族みんなでイリッシュ・マスを食べるらしいです。

イリッシュ・マスを食べないと年をこした気にならないみたいです。
そんなイリッシュ・マシュ!さすが国魚だけあって、めちゃめちゃ高いんですよ。
1匹普通のサイズで定価が300-400円。
大きいもので1000円をこえる。最高においしいです。
一般魚は、1kg 100円-200円くらいです。

魚カレーだとスプーンで食せるレベルではありません。
もはや、手で食べなければ何本のどに骨がひっかかるねん!難易度大です。



話はそれますが

手でご飯を食べるのって、赤ちゃんに戻ったみたいで懐かしいんですよ
赤ちゃんの時の記憶があるわけではないんですが、僕は大好きです

戻します




僕はよく、子ども達が生活するセンターで晩御飯をお世話してもらってます
なので毎晩、子ども達やスタッフと同じ釜の飯を机で囲んで食べてます

だいたい毎日、トルカリー(野菜)、ごはん、ダルー(日本でいう味噌汁?)の3食
素朴な味が、たまらなく大好きです

トルカリーは、じゃがいも、オクラ、ゴウヤ、ナスの緑色、よくわからない野菜がメインですw
それらを、ふんだんのニンニクとトウガラシとあらゆるスパイスで炒めます。

ダルーは、主に豆を潰しながら水で長時間煮込み、タマネギやニンニクをいれたスープです

これらをご飯と混ぜて、スープカリーにする感じです。
いつも味薄なので塩をかけると、おいしさUP!


レストランなどで僕がいつも頼むのは、ビリヤニです!
一番大好きな食べ物です!

主にチキン・牛・マトンをご飯と一緒に炊きこんだものです

大きな大きな鍋に数十人分を一気に炊き込む
豪快に肉をぶち込んでるから、肉のうまみがたまらない

テイストはもちろんカレー味

少し脂っこくて
後半、飽きてくるんですが

ライムをふったり、生のタマネギと肉をしゃぶるとたまらない
そこに中和してくれるのが、ゆで卵

ビリヤニ最高っすね!ホントに!


まだまだ、バングラ料理はたくさんあるんですけど
僕が全く手をつけれなかった料理が


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ドゥ・バッです

未だに認められない炭水化物に牛乳
バナナが救いの手
牛乳は、想像以上に甘くない

バングラの米ってパッサパサで甘くないんですよ
日本の米ってモチモチの後に噛むごとにでてくるほのかな甘み

牛乳のなんともいえない、ほのかな甘みも許さない牛乳感に
パッサパサでほのかにプラスチックの味をほのめかす米に
バナナというマッチング

見事なコラボをみしてくれた最後の結末は、下痢

牛乳が熱されておらず、生乳は1時間後にトイレへと導いてくれました!

いやー、大変でした。


そんなペースで毎日を過ごす中
日本食が恋しくなる瞬間、あんまり僕はありません

バングラ料理が肌にあうみたいです


しかし!KINTU!

先週、上司の奥さんがハヤシライスをご馳走してくれました。

貴重なハヤシライスの素を骨つき牛肉とふわふわの卵!
お米もコリアタウンの日本米に近い米で仕上げてくださりました。

もうね、神が降臨してきました。

おいしすぎて、泣きそうでした。
心の中では泣いてました。

なんておいしいんだ。

どれくらいおいしかったかと言うと

高校時代の夏休み、猛暑の中剣道の厳しい練習を耐え抜いた後のコーラより
イタリアのスペシャルなモッツァレラチーズと新鮮なオリーブオイルを使ったビザを食べた時よりも
インドのユダ砂漠のど真ん中でなぜかビール売りがいて、からっからの喉をビールで潤した時よりも

はるかに超えました。日本食、神。



天ぷらそば、食べたい
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by laughmonkey | 2012-10-14 14:40  

リキシャ、ベンガル人



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バングラの伝統文化リキシャアート

リキシャワラは、色とりどりのリキシャアートのリキシャを愛用に
今日もこいでます。

たまにものすごくはりきって綺麗にしてるものや
リキシャアートがない単色のリキシャ
足がない人のために手でこげるリキシャ
現代的にオートで動くリキシャ

リキシャ社会にも多くの種類が誕生しております。

障害者でも手でこいで
お金を稼いでるのを見たときは、びっくりした。


ちょいと、リキシャにお願いして
試しに漕いでみたら、ものすごおく不安定で、案外おもくて、大変だった。



リキシャって毎日どれくらい稼いでいるかっていうと
平均が300-500円くらい

毎日オフィスに通うとき片道50円くらい払ってるんだけど

60円せびってくるリキシャもいれば
50円渡して大喜びしてくるリキシャもいて

おもしろい


たまに目的地を聞いてきて
答えたら
遠いからいかねーよって

聞いておいて
仕事を放棄するときもある

おもしろい


毎日の収入の少なさにすごく不満を抱いてて

すべて政治が悪いんだと言ってくる
政治的関心がとても強い、参政権を自慢してくる

おもしろい


たまにテンションが超高いリキシャもいる

「おい、見てみろよ。今日の空とても綺麗じゃない?
ついつい、歌いたくなるよ」

っていいながら歌いはじめる

「なにか幸せなことあったの?」

「特にないね。昨日は、200円しかかせげなかったし、今日は君がはじめての客だよ。」


これまた、おもしろい



今日、現地の学生と政治について話をしてたんだけど
バングラの政治はダメだと否定しまくっていた

一部の権力者が、偏った自国の恩恵を握りしめ、国民へ平等にいきわたっていない、などなど
続けて…
でも、ベンガル人ってPeacefulなんだよねっと言う。

なんでなの?って聞くと

多くの人が3食の飯を食べるために働いてるからだよ。それ以上も以下もない。




なんだかしっくりくる言葉だった。
単純なんだけど、詰まってて、日々接するベンガル人をみててストレートに心に入ってくる言葉だった。

欲がないとは言えないんだけど、他人を蹴落としてまで、必死に這い上がってまで、とかそんな感じではない。

タクシーのおっちゃんも目的地に行くのが嫌で断った後も
違うタクシーのおっちゃんに行ってくれと頼んでくれる。自分の顧客のくせに。

本屋さんに行っても目的の本がなければ、隣の本屋さんに連れてってくれて在庫があるか聞いてくれる。

自分は、最低限3食くえるためのお金があれば
後は、目の前の人のためにつくす精神を感じる

立っていたら、座りなよってどこでも席をゆずってくれる
お茶もよくおごってくれる
たまに気を使われすぎて、気を使ってしまうのがあるある

今のところ、そんなイメージ
もちろん、良い人ばかりじゃないけど。

陽気で愉快です。
この国とこの国に生きる人たちが好きになってきてます。
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by laughmonkey | 2012-10-13 17:38  

牛のおしり




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牛のおしり

なんか芸術だよね、いいケツ
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by laughmonkey | 2012-10-11 05:32  

ダンスクラス再会


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はじめに問題定義から述べておきます!

僕はなぜダンスを教えたいのか?
最終的にここに着地したいと思います。


先月末から女の子のダンスクラスが再開しました。

バングラの女の子達は、宗教的、国柄で男の子と違って普段なかなか外で体を動かすことができないので、ダンスで体を動かすことにとても喜びを感じていました。

また、ジョスナとナスリンはダンスが本当に大好きで、将来の夢もダンサーになりたいと言っています。
女の子にとって貴重な機会であるダンスクラス!

再開に向けて、ダンスクラスの先生も一緒に今後のクラスをどうしていきたいか、みんなで話し合いました。

先生は、古典ダンスのプロフェッショナルで子ども達にもダンスの道で生きていくための基礎スキルと道標を作ろうとして下さっています。

対して、子ども達(ジョスナ、ナスリン)の気持ちは、古典ダンスよりもベンガルダンスのほうに興味があり、なかなか気持ちがついてこない現状が続いていました。


先生の話によると、ベンガルダンスを踊るにしても古典ダンスの基礎ステップは誰もが極めなければならないものなのですが、子ども達はどうしても基礎ステップよりも踊りのほうに興味をもってしまいます。

まだまだ、ダンスの中でもどのダンスを極めたいかも落とし込めないと思いますし、年齢をみてもメディアの影響も強くpopカルチャーに影響をうけやすいと思います。同時に、基礎の大切さもなかなか感じれないと思います。

先生と子ども達とのモチベーションもなかなか上下する時期もあり
様々な葛藤や思いの中で、ダンスクラスは再開しました。

現在では先生が、子ども達のために考慮して古典ダンスだけではなく、ベンガルダンスの踊りも導入して下さったので大喜びで練習に励んでいます。

また、子ども達もダンスクラスの目標をみんなで作成しました。
先生に対する礼儀や感謝の気持ち、基礎の大切さ、練習中の雰囲気など、みんなでクラスに向けて大事なことを共有しました。より良いクラスになってきています。

これから毎週のクラスを積み重ねて、女の子達のダンスに対する意識や気持ちがどう変化するか分かりません。正直、ダンサーという道に残念ながら繋がらない可能性もあります。

そういった現状でダンスを教える意義はあるのだろうか。


自分も男の子のダンスクラスを最近担当できるようになり
必死に指導に励んでいます。

私のダンスはプロフェッショナルでもありませんし
今までちゃんとした先生に教えてもらったことも数回で
子どもたちに道筋だったダンスの道を導くことはできず
正直、めちゃめちゃ悔しい。

クラスをする前、じゃあ自分って何が伝えられるのだろう。
ダンスを通して、何が伝えたいんだろうってすごく考えました。


そんな時に女の子のダンスクラスを見て思いました。
彼女達は、ダンスに触れる機会があったから


日常の中でダンスに触れ、楽しさを知ることができた
舞台で踊る興奮を知った
音楽がなると自然に体がうごきだせる
古典ダンスのむずかしさをしることができた
仲間と協力して踊る大切さ…etc

上げるとキリがない

ホントに一人でも多くの子供に
踊るすばらしさ、楽しさ、難しさ、リフレッシュ、表現、度胸、チームワーク、努力、身体能力、コミュニケーション

色んな要素を伝えられるなと思うことができました。

今、それを実践でやっていて純粋で夢中に練習に励む子ども達にとても救われています!
いや、ダンスってたまらんですよ!


女の子達のダンスクラスもこれからが楽しみ
温かく見守っていきたいなぁ
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by laughmonkey | 2012-10-10 04:08  

ライオンズクラブ


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先日、エクマットラのシェルターホームに
ライオンズクラブの方々が訪問されました。

ライオンズクラブって日本にもあって
馴染みがあると思ってたら、全世界に存在しているみたいですね。

バングラのライオンズクラブの方々もなかなかの富裕層の方々で
シェルターホームが位置する地域の土地も牛耳っているようで
訪問だけでシェルターホームのスタッフ、子ども達も緊張感に溢れてました。

訪問に向けて

子ども達は、歌と踊りの練習を事前に練習し
センター内も綺麗に飾りをつけたりしました。

演目は、初の取り組みをしました!

ギタークラスの先生と
歌手を目指しているDipuのギター演奏で

ダンスクラスの先生の特訓を経て
女の子達のダンスと子ども達の歌のコラボレーション!!!

曲は、日本とバングラフレンヂシップ40周年記念の時に
JOCVの方が提案してつくられた歌を歌いました。

作詞・作曲は、エクマットラのスタッフ兼Singerのキショルダさん。
日本は「さくら」、バングラは「シャプラ」と二国を国花に例えられています。

無事、成功をおさめライオンズの方々に勉強に加えて、文化教育にも評価を頂けました。

これからも、この土地でしばらく安心に過ごせることも確信した一日でした。


ここからは、個人的なこと

こういったイベントに向けての準備
スタッフとの連絡調整
当日のリハーサル、準備などなど

運営面において
まだまだ、だなぁと後悔。

言葉の壁は、あらかじめわかっていることであって
もっと使えるようにならないといけない。

でも、それ以上に大切なのが
子ども達との日々のコミュニケーションと信頼関係を構築すること

日々の自分の行動を子どもは見ている
ひとつひとつの言葉、表情、対応、態度

トータル含めて

しっかり、自分の意思を伝えられて
いつでも、それをキャッチしてくれるような関係性

悩んでいる時も
苦しい時も
がんばっている時も
真剣な時も
悲しい時も

こういうイベント時には、子ども達を動かせれるようにならなと!!

自分と相手とのキャッチボール
コミュニケーションの基礎

日本でも難しいけど、世界で通用できたら最強だな
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by laughmonkey | 2012-10-08 08:44  

再会


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再会!再会!!再会!!!

世界一周中の高田とバングラデシュで再会を果たしました。
実に数ヵ月ぶりだけど、彼と初めて出会ったのは、2年前のインドで。

東京のNPO主催のスタディツアーにて出会い
それ以降、東京に足を運ぶ際には、なんやかんやで毎回再会してる。

世界一周出発まえにバングラのVISAとっとけよと一言。
本気でくるのが、彼の良さ!!!!

But!!!!!!!

9月6日21時ぐらいに彼は、バングラに到着=奇跡の再会
僕の家に到着してからも、5分に1回ペースでトイレ、喉は痛い、ジンマシンがでている。

それもそのはず
3日前までヒラヤマ山脈の山頂にいたという

そこからバングラのVISAがきれるため、急ピッチで移動した模様。
3日間中、50時間ほどバスにゆられて
インドの魚にお腹をやられて
気圧の急変

そりゃ、体調崩しますよ!笑

結果、次の日おとなしく病院に連れていき
彼が帰ってきたのは、ドバイ行きのフライト当日。

実質3日間、入院生活ww

原因は、体内の電解質の不安定と原因不明のジンマシン
それでも無理に退院し、ドバイからエジプトへ向けて出発してしまいました。


二人で過ごした時間は、ホント数十時間だけど
色んなことを分け合えれたな。

彼は、「建築」を軸に旅をしている。

同学年にして、自分にはもっていない
冷静さの中に眠る情熱と客観性と強いぶれない軸。

自分の軸をさらに深めながら、実のある旅をしていたなぁ。

お互いが出会ったのは、1年生の時。
彼の成長を見て、正直悔しいと感じたり、負けたくないって思う時のほうが多いけど
言葉を曲げない彼が大好きやな!

俺は俺らしく
彼は彼らしく
これからも色々分け合っていこう!

生きて帰ってこいよ!!!!!!
俺より先に日本帰ると思うけど!!!!!
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by laughmonkey | 2012-10-07 11:45